トップページ>ライターになるために!>一人でも多くの人に、競輪の世界を知ってもらいたかったんです。

ライターになるために!

 

一人でも多くの人に、競輪の世界を知ってもらいたかったんです。

最相葉月 / ノンフィクションライター ①

 

小学館ノンフィクション大賞を受賞した『絶対音感』や
大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞など
5つの賞を受賞した
『星新一一〇〇一話をつくった人』といった
数多くの著作を持つ最相葉月さん。
最相さんがライターとして活動されるきっかけから
ライターとしての作法までを伺いました。

フリーライターの仕事手帖:最相葉月/ノンフィクションライター①

一人でも多くの人に、競輪の世界を 知ってもらいたかったんです。

―ライターを目指されたきっかけは、何でしたか?

書きたいことがあったから、それを書いた。
というだけで、ライターという職業を目指していた
というわけではないんです。

ライターとして仕事していけるかとか、
食べていけるか、業界が潤っているかといったことは、
まったくといっていいほど、頭にありませんでした。

―その「書きたいこと」には、
どのように出会われたのですか?

25歳の時に神戸から上京し
編集アシスタントなどの職を転々としていたのですが
ある時、大阪で働いていたころの会社の上司が、
競輪選手の話をしてくれまして。
埼玉の大宮競輪場で今度その選手が走るから
見に行ってみないかと、誘われました。

この競輪選手がデビュー作でテーマにした
高原永伍選手です。

すでに当時50歳くらいでしたが、
「逃げ」という、スタート直後に先行して、
そのまま逃げ切るという、戦法を使っていたんですよ。

逃げて、勝てればかっこいいのですが
先行するがゆえの風圧や年齢などの要因があって、
なかなか勝てませんでした。

たとえスタート直後に先頭に立っても
ズルズルと追い抜かされ、結局負けてしまう。
それにもかかわらず、観客のおじさんたちは盛り上がり
高原選手に対してエールを送っているんです。

それで「この人、何者だろう?」と。
これが、発端ですね。

それに、高原選手は、
わたしがうまれた1963年に競輪王になられていて、
そこにも縁を感じました。

当時、後楽園競輪場に、
8万人が詰めかけるほど競輪が全盛期だったんです。
隣の後楽園球場では、王・長嶋が5万人集めたんですよ。
今では考えられない規模ですね。

―それで、その高原さんに
取材をしたいと思われたんですか?

そうですね。
ただ、会って話を聞いてみたいというだけで
そのころは「取材」という言葉の本当の意味すら
知らなかったかもしれません。

その後、手紙を書いて、お会いした際に改めて、
遠征に同行、取材させていただけませんか?
と伺いましたが、明快な答えはもらえませんでした。

でも、お礼の手紙を書くなど、やりとりしているうちに
徐々に話をしてくださるようになりましたね。

そんな中、遠征先でスポーツニッポンの記者の方と
知り合ったのです。
「おねえちゃん何やってるの?」と聞かれて。

「高原永伍選手の取材をしています」と答えたら、
すごくびっくりされました。

知らなかったのですが、マスコミ嫌いで
全然取材を受けない方だったそうなんですよ。

―その取材された高原選手の記事を、
出版するには、どのような経緯だったのですか?

最終的には、先ほどの記者の方や
競輪雑誌の編集者の方の紹介で
徳間書店から出版していただくことになりました。

でもそう決まるまで、自分の自伝でもないのに
北九州市の自分史文学賞に応募したりもしました(笑)
小倉が競輪発祥の地というだけの理由です。

とにかく本にしたかったんです。
自費出版でもいい、と思っていました。

―そこまで「本にしたい」思わせた原動力は、
何だったのですか?

高原選手を通じて競輪の世界とそこに生きる人たちを
一人でも多くの人に知ってもらいたかった。
すでに引退した選手や、
予想屋さん、食堂のおばさんなど
競輪場で働く人々にもさまざまな人生があります。
そもそも、国がギャンブルを運営していること自体、
不思議な話だと思いませんか。
戦後史とも深い関わりがあるんですよ。

―高原選手を取材している間も、
お仕事はされていましたか?

もちろんしていますよ。
競輪は、だいたい土・日・月に行われるので、
平日会社に行って、週末取材する。という生活でした。

今では信じられませんが、
初版1万部も刷っていただけたんです。
ただ、それで食べていけるわけではないので
出版後も、編集の仕事は続けていましたが。

高原永伍という選手の名前は、
競輪ファンなら、絶対に知っているんです。
寺山修司や阿佐田哲也、寺内大吉といった作家たちに愛された選手でもありました。
出版を決めてくださった徳間書店の編集者は、
阿佐田哲也の担当だった方なんですよ。

この本を出版できたことで、
競輪界を取材できるようになり、
私の名前も認知していただけるようになりました。

―上司の方に誘われるまで
競輪に興味はありましたか?

まったくありませんでした(笑)


(続きます) 次回は11月25日更新予定

プロフィール

1963年生まれ。関西学院大学法学部卒業。
会社勤務、フリー編集者を経て
ノンフィクションライターに。
スポーツや音楽、教育、科学技術と人間の関係性を
テーマに取材活動を行う。
主な著作に、『絶対音感』『青いバラ』
『東京大学応援部物語』
『いのち 生命科学に言葉はあるか』
『星新一一〇〇一話をつくった人』など。
近刊に『ビヨンド・エジソン』がある。

最相葉月さん最新刊

最相さんの最新刊『ビヨンド・エジソン』 『ビヨンド・エジソン 12人の博士が見つめる未来』
ポプラ社刊 定価:1,575円(1,500円)
詳しくはこちらをご覧ください。


神戸で、最相さんのトークイベントが開かれます!

日時:12月4日(金)19時~
場所:ダイエー三宮駅前店9階 セキ珈琲館
タイトル:
私のノンフィクション作法
『ビヨンド・エジソン』刊行記念
前売チケット:1000円(ワンドリンク付き)
問い合わせ:078-252-0777(ジュンク堂書店三宮駅前店)

http://www.junkudo.co.jp/event2.html

編集会議.comトップへ戻る

Backnumber

Backnumber一覧
 
 
Copyright (C) SENDENKAIGI Co.,Ltd. All Rights Reserved.