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編集者になるために!

 

歴史を最初にデッサンする仕事。

越川健一郎/毎日新聞『サンデー毎日』元編集長③

 

毎日新聞社会部記者、甲府支局長、『サンデー毎日』編集長などを歴任し、現在は毎日新聞東京センター代表取締役社長である越川健一郎さん。今回は、記者・編集者の醍醐味を中心にお話を伺いました。

編集者の視線:越川健一郎/毎日新聞社『サンデー毎日』元編集長③

歴史を最初にデッサンする仕事。


――越川さんにとって、記者・編集者の醍醐味は何ですか?

石原慎太郎都知事や小泉純一郎元首相、今なら鳩山由紀夫首相に会えるということも醍醐味になるだろうけれど、わたしが思う一番の醍醐味は「歴史の教科書に載ることもなく、名もなく死んでいくであろう市井の人たちの、凜とした素敵な生き方に接することができる」ことですね。

以前、甲府支局にいた頃「山梨日日新聞」の読者欄に「木守柿」について、女性からの投書が掲載されていました。
木守柿というのは、柿の実をすべて収穫せずいくつか残しておくことで来年の豊作を願うとも、野鳥のために残しておくともいわれています。
ただ、この女性の家の柿の場合は、自然に毎年ひとつ残っていて、それをみると勇気づけられる、というようなことが書かれていました。

とっさに、この投書の奥にはドラマがあるに違いない、と思い女性に取材をしました。

より詳しく話を伺うと、ご主人を亡くされ、自身も病を患い気落ちしていたときに、女性に対して木守柿が「ちゃんと来年も実をつけるから、あなたも頑張って」と励ましてくれているようで、涙が出てきたそうです。

このことを、当時週1回書いていた毎日新聞のコラムに掲載しました。
また、記事を女性に送ったところ、野菜とともに丁重な手紙が送られ、そこには「新聞記事を仏前に掲げました」と書かれてあり、本当にうれしかったです。

わたし自身、記者・編集者として、大特ダネを取ってきたことも特にはありません。
ただ、この山梨の女性のように、市井に生きる無名に近い人たちの息づかいを複数の読者に伝えられるありがたさは、わたしにとって「生きる」ことに等しいのです。


――「木守柿」の話は、新聞の読者欄からネタを見つけられましたが、その他ネタを見つけるにはどうしていますか。

「遊ぶ」ことじゃないですかね。これはすごく大事なことです。
記者・編集者時代、遊びの会話から生まれた記事は無数にありますよ。
それに、「スランプに陥ったら異業種に会え!」と、先輩に教えられたこともあるくらいだったので、異業種の人と会うことで新たな発見が生まれることは多いのです。

遊びは、どの記者・編集者にとっても必要なことだと思っていましたが、今は、遊ばない人が増えてしまったように感じます。
遊ばないということは、生身の人に会わなくなるということです。
人にあって、話を聞くことが記者・編集者の基本ですが、メールだけですませてしまうどころか、インターネットで調べただけの企画を持ってくるのもいました。
もちろん、ボツにしていましたけど(笑)。

前回お話した、健全な懐疑主義にも繋がりますが、そのメールをした相手が本人かどうか、きちんと会わなければ、違うかもしれないじゃないですか。
やはり人に会ってこその「取材」ですよ。

メディア再編が叫ばれている現代でも、人に会って話を聞く「取材」することは大事ですし、変わらないと思います。
それに、自分の足を使って情報をとってくることは、より必要になると思います。

メディアは、人に取材をし、人を描きます。
人は時代を描き、時代は歴史を描いていきます。
要は、歴史を最初にデッサンする仕事なのです。
実際に歴史というのは、時間を経て本当なのか、正しかったのか、見極められるものなので、今書く物は「ラフ」でいいのです。
わたし自身、言いたいこと書きたいことが、まだまだたくさんあるので、それを第三者に伝え続けていきたいと思っています。


プロフィール

1954年千葉市生まれ。1978年毎日新聞入社。
甲府支局長、『サンデー毎日』編集長、東京本社代表室長、毎日新聞東京センター常務取締役を歴任し、2009年6月、毎日新聞東京センター代表取締役社長に就任。



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